研究紹介
日本人の寒冷適応能力の進化
ヒトは寒い環境におかれると、毛細血管を収縮させて熱の発散を防いだり、カラダの中で熱を作るなどして体温を保とうとします。近年、このカラダの中で熱を作る働きに、褐色脂肪組織(Brown adipose tissue:BAT)という特殊な脂肪組織が関わっていることが明らかになりました。
BATは成人にも存在しており、カラダが寒冷刺激を受けることにより活性化し、熱を作ります。また、この熱産生によるエネルギー消費亢進が肥満に抵抗的にはたらく可能性が報告されており、肥満の予防や治療の標的として注目されています。
日本人の成人ではBATの活性に大きな個人差(寒さに強いヒトと弱いヒト)があり、その一部は遺伝的に決定されているようです。このような遺伝的な差が存在する理由は明らかになっていません。以前から、日本列島には2つの大きなヒトの移住の波があったと考えられてきました。このうち、2つ目の波にあたる弥生時代以降に渡来した人々(弥生人)は、すでに移住していた人々(縄文人)に比べてより寒冷適応的な形質を持っていたと考えられてきました。ひょっとすると、現代の日本人の中にみられるBAT活性の個人差は、この2つの移住の波によって形づくられ、現代まで受け継がれてきたものなのかもしれません。この問いに答えるため、まずは日本人成人のBAT活性の個人差に寄与するゲノム領域を同定するための遺伝子解析を実施しています(北海道大学・天使大学・東北大学・東京医科大学・九州大学との共同研究)。
ゲノム・エピゲノムからみたヒトの生理的適応能力
ヒトのカラダは外環境が変化すると、体内の恒常性を保つためにさまざまな生理反応を示します。また、同じ刺激を繰り返し受けることにより、その刺激に対して生理的に順応していきます。ヒトは約20万年前のアフリカで誕生し、たかだか数万年で亜北極圏の極寒環境からチベット高原のような低圧低酸素環境に進出しました。ヒトがさまざまな環境に進出できた生物学的な基盤が、ヒトが待つ後天的な適応能力があったのかもしれません。ヒト個体を対象とした人工気候室による生理学実験を基軸に、ゲノム多型解析・DNAメチローム解析、RNAseq解析などの手法を用いて、ヒトの生理的適応能力を理解する研究進めています(九州大学・北里大学との共同研究)。
ありふれた疾患の起源に関するゲノム研究
私達は一生のうちに様々な病気にかかります。その多くは、多因子遺伝性疾患という環境要因と多数の遺伝要因の組み合わせで発症する疾患です。このような病気のかかりやすさに影響をあたえるゲノムの多様性が、ヒトの進化の過程でどのように形作られてきたのかについて、主に公共データベース上のヒトゲノム多様性情報等をコンピューター上で解析することで明らかにしようとしています。最近では、近視の感受性に寄与する多型が、ヒトの拡散の過程で光の強度の地域差に関連した自然選択の影響を受けて進化してきたことを発見しています。
過去の研究成果の例