メタボリックシンドロームという病気をご存知ですか?日本語では『内臓脂肪症候群』と呼ばれており、運動不足や食べ過ぎが引き金になって引き起こされる病気です。肥満がいろいろな健康障害の引き金になることは古くから知られていましたが、ここ20年ぐらいの研究で、お腹の内側に貯まる『内臓脂肪』が特に悪さをしているということが明らかになりました。健康診断で巻き尺を使ったお腹周りの測定がメニューに入っているのは、内臓脂肪が貯まっている受診者を見つけるためです。
私達は、生活習慣病のかかりやすさに影響を与える遺伝子を探る研究のなかで、TRIB2と呼ばれる遺伝子の塩基配列の個人差が、内臓脂肪の量に影響を与えていることを発見しました。この遺伝子を世界中のヒトの集団で調査してみると、日本人をふくめた東アジア人で、内臓脂肪の量を少なくるするタイプの配列を持っているヒトの割合が特に多いことがわかりました。さらに、この内臓脂肪が少ないタイプは、今からおよそ2万年前ぐらいに東アジア人の祖先の間に急激に広まったということもわかりました。この時期は、私達ヒトが経験した氷河時代の中でも最も寒い時代にあたります。内臓脂肪の量を少なくする配列を持っていることが、氷河時代を生き抜く上でどのように有利だったのでしょうか。
哺乳類には、寒さにさらされると、脂肪として蓄えたエネルギーを燃やして体温を維持しようとする仕組みが備わっています。TRIB2の配列タイプ別で脂肪細胞の遺伝子のはたらきに違いがあるかどうかを調べてみたところ、内臓脂肪の少ない配列タイプを両親から受け継いだヒトは、そうでないヒトに比べて発熱にはたらく遺伝子がより強くはたらいていることが明らかになりました。発熱が強いということは、それだけ蓄えた脂肪を効率よく消費できるということですので、よりやせやすい体質につながります。つまり、氷河時代には脂肪を効率よく燃やして体温維持に役立っていた遺伝子配列が、現代人では内臓脂肪が貯まるのを防ぎ、健康に役立っているということになりそうです。