現代のモンゴル人の祖先は、大帝国『元』の礎を築いた遊牧騎馬民族です。彼らの祖先が生活していたアジアの内陸部は、寒冷・乾燥で気温変化が激しく、初期の農耕が根付くには厳しすぎる環境でした。遊牧はそんな環境で生活するための知恵でしたが、栄養源は肉・乳製品に大きく偏らざるをえず、多数の家畜と生活することによる人畜共通感染症にも晒されつづけるなど、一筋縄ではいかなかったはずです。モンゴル人の祖先が大成功した理由は、彼らが優れた文化を持っていたことに加えて、こんな過酷な条件に遺伝的に適応できていたからかもしれません。
ゲノム全体の類似性から見れば、モンゴル人は私達日本人と同じ東アジア人の範疇に入るといえますが、個別のゲノム領域に彼らに独特の特徴がありそうです。その中には、先に述べたようなアジア内陸部の環境や遊牧生活への適応に関係したものがあるかもしれません。この疑問に答えるため、91名の互いに血縁関係のないモンゴル人について、ゲノム全体から選抜したおよそ200万の一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)のタイプを決定し、既にデータベース上で公開されている東アジアの農耕民数百名のゲノムデータ*1と比較することにより、モンゴル人に特徴的なゲノム領域を絞り込みました。
その結果、第3染色体の短腕12.1というゲノム上の領域に、モンゴル人には見つかるけれども他のヒト集団ではほとんどみつからない塩基配列パターンを発見しました。この独特の配列パターンは、モンゴル人の祖先で適応上有利な形質と結びついていたので、急速にその子孫に広まったと考えられます。
ベイズ推定を応用した手法を持ちいて、この自然選択が始まった時期を推定したところ、およそ1500年前という結果が得られました。この時期のモンゴル人の祖先は、中国の漢人や日本人とは分岐しており、すでに遊牧生活を営んでいたことがえ歴史書から明らかになっています。
なにが原因となってこの正の自然選択が起きたのでしょうか?実は本当のところはまだ明らかになっていません。この独特の配列を両親から受け継いだモンゴル人は、そうでないモンゴル人よりもスリムで健康な傾向も認められましたが(上図のmm)、肥満が原因なのか、それとも全く別の未知の形質が関係しているのかは不明のままです。遊牧民であるモンゴル人では起きた自然選択が、同じ時代を生きていた東アジアの農耕民族では起きなかったのは何故なのか。その答えを探して新たな研究が始まります。
*1 The 1000 Genome Project Phase 3に登録されている日本人、漢人(北京とシンガポール)、タイ族(中国)、キン族(ベトナム)
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